第1話「漆黒の幻獣」
コルム大陸管理局のとある一室で、ティアは神妙な顔付きで一つ小さなため息をついた。
「もう限界ですぞ」
ティアの前に座っている老人が若干苛立ったような口調で告げる。
「理事会は全員一致であなたを次期管理局長に推薦しています。これ以上管理局長が不在では管理局の運営は困難になる。既に次期管理局長を狙って水面下で動きを見せている者もいます。ティア管理局長代理、早々に管理局長に正式に就任して頂きたい」
「待ってくれ、まだあいつが死んだと決まったわけじゃ……」
ティアが渋い表情を浮かべて言う。
「アルマンシア大陸の爆発事故から既に一年。調査隊の指揮をとったレバン氏は調査中に行方不明となり、未だ何の手掛りもない。探索隊も二度派遣しましたが、成果なし。もうこれ以上待っても無意味でしょう」
老人はまくしたてるように続けた。
「これ以上時間が経てばあなたの立場も危うくなりますぞ! 早々に……!」
「黙れ!」
老人の言葉を遮って、ティアは机に拳を叩き付けた。
「私の立場なんてどうでもいい! 管理局長の座なんてくれてやる! だが、管理局長にふさわしいのはあいつだけだ! あいつが戻って来ないとわかるまでは、ここを動くつもりはない!」
ティアの怒気を含んだ声に若干気をされながらも、老人は深いため息をついた。
「では、どうするつもりですか?」
「今探索隊を派遣している。その報告を待って決断します」
「しかし、探索隊は既に二度……」
「今回は私自ら人選した。きっと手掛りを掴んでくれるはずだ」
「……いいでしょう。しかし、今回の探索隊にも成果がなければ……」
「わかっている」
老人の言葉にティアが頷く。それを確認して、老人は重い腰を上げるとゆっくりと部屋を後にした。
「……頼むぞ」
理事会の老人が部屋を去った後、窓から曇り空を見つめたまま、ティアがぽつりと呟いた。
「必ず手掛りを見つけ出してくれ」
アルマンシア大陸。
エプノントリアでも最古の部類に入るこの大陸は、厳しい自然環境や変わりやすい気候などの影響で永らく開拓が進められることはなかった。しかし、人口の増加から近年、アルマンシア大陸にも徐々に他の大陸から人が流れ始め、少しずつ開拓が進められてきた。もっとも、それはまた新たな問題を引き起こすことにもなったのだが……。
「……迷った」
アルマンシア大陸中央部にある大森林の中で、男は途方にくれていた。
「迷子ですね、私達……」
男の隣にいた、男よりも一回り若い女性も小さなため息をついた。
「う〜ん、やっぱこの辺りだと地図もねぇし……無謀な挑戦だったか?」
「でも、前回の探索隊はこの辺りまでは来ていないと言ってました」
「だよなぁ……やっぱ行くしかないよなぁ」
男は頭を掻きながら役立たずの地図を鞄にしまった。
「よし、俺が先頭で進む。危ないモンスターがいるかもしれねぇからな。レオナは後ろから来い。背後に気を付けろよ?」
「はい、タライムさん」
タライムと呼ばれた男はレオナが頷いたのを確認すると、再び大森林の中を歩き出した。
今から約一年前、このアルマンシア大陸では大きな爆発事故があった。原因は今も不明。そして、その調査のためにアルマンシア大陸に渡ったレバンは、その調査活動中に突然行方不明となった。それから一年、二度の捜索活動が行われたにも拘わらず、レバンの行方は一向に掴めなかった。そこで、三度目の正直として、旅の経験豊富なこの二人が捜索隊として派遣されたのである。
「この辺りはまだ開拓されてないし、ややこしいことにならなければいいんだが……」
後ろとの距離は少し離れてしまったようだが、レオナを危険にさらすわけにはいかない。彼女には背後に最大の注意を払ってもらうことにした。
「俺は前進あるのみっと……」
前方に意識を集中させ、一歩ずつ慎重に歩みを進めていく。そうして覆い茂る草木をかきわけてひたすら前進していくこと数分、タライムがそろそろ後方のレオナの位置を確認しようとした、その時だった。
「止まれ」
不意に、右側から声がかかった。タライムが声のした方へと振り向く。そこには、まだ十代半ばくらいと思われる黒髪の少年が立っていた。鋭い視線をこちらに向け、敵意をむき出しにしている。
(あちゃあ……)
それを見たタライムは内心深いため息をついた。アルマンシア大陸の開拓により生じた新たな問題。それは、アルマンシア大陸原住民との対立だ。
もともとアルマンシア大陸にはほとんど人は住んでいなかったが、わずかながらに原住民も存在した。彼らはアルマンシアの自然や古代文明のものと思われる遺産を崇拝しており、ここ数年、開拓に訪れた他の大陸の者達とたびたび争いを起こしていた。
これだけの敵意を向けられているということは、恐らくこの少年もその一人だろう。
「お前、部外者だな?」
少年がタライムに尋ねる。
「ああ、コルム大陸から来たんだ。言っておくが、俺達は別に自然破壊をしにきたわけでもなければ古代文明の遺産を奪い取ろうとしているわけでもない。ちょっと人を探しに来たんだ。というわけで、君と争う気はさらさらないのだよ」
「貴様にはなくても俺にはある」
タライムはなんとかこの場を穏便におさめようと説得を試みたが、少年は一言でそれをつっぱねた。
「まぁ聞けって。俺はだな……」
「部外者は排除する」
タライムはさらに説得を試みようとしたが、少年は一言そう言うと静かに呪文を唱え始めた。それと同時に、少年の右隣に魔法陣が現れる。
「サマナーか……やるしかねぇってか」
これ以上の話し合いは無駄だと悟ったタライムが、戦闘に備えて背中に背負っていた二本の剣を抜き取る。その間に、魔法陣の中で徐々にエレメンタルが形作られていく。
「なっ……!?」
だが、魔法陣から姿を現したエレメンタルを見て、タライムは思わず声を漏らした。
「黒いエレメンタルだと!?」
第1話 終